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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)3292号 判決

控訴人(被告) 西日本建設業保証株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 法常格

被控訴人(原告) 破産者a建設株式会社破産管財人 X

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文に同じ

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり改める。

一  原判決五頁一行目を削除し、同八頁四行目の「移管を受けた」を「移管した」と、同九頁六行目の「前払金残金一億円」を「前払金残金一億円とその利息の合計一億四八二三円」とそれぞれ改め、同七行目の「移管した」の次に「(以下「本件移管行為」という。)」を加える。

二  同一〇頁八行目から同一三頁六行目までを次のとおり改める。

「(被控訴人の主張)

本件移管行為は、控訴人の破産会社に対する求償債権への弁済充当を目的とするものであるから、破産債権者を「害する行為」であり、同行為により控訴人が「利益を受ける」ことになる。

仮に、破産債権者である大阪市に返還するため、控訴人が右一億円を預かったとの前提に立っても、右預り行為は破産債権者を「害する行為」に該当し、控訴人が大阪市に対し、保証人としての支払義務を免れることになるから「利益を受ける」場合に該当する。

被控訴人は、当審の平成一一年二月一九日の第二回口頭弁論期日に、本件移管行為は破産法七二条二号に該当するものとして、これを否認した。

(控訴人の主張)

本件移管行為は、破産法七二条二号に定める行為に該当しない。

(一) 控訴人が前払金残金を控訴人名義の銀行口座に移管したのは、大阪市との間に前払金保証契約を締結した日に同時に締結した本件特約(甲四)に基づくものである。

(二) この特約も、公共工事前払金保証事業に関する法律二七条によって控訴人に課された前払金の使途監査義務及び前払金保証約款(甲三)一五条によって控訴人に約定された前払金に対する使途監査の権利に基づき締結されたものであって、正当な根拠を有するものである。

(三) 公共工事の前払金は、法令によってその使途が限定され(当該工事の材料費、労務費、その他当該工事の特定経費のみ)、その払い戻しも「預託金融機関に適正な使途に関する資料を提出してその確認を受ける」必要があり(前払金保証約款一五条四項)、当該工事の特定費用に充てることのみが許された金員であって、破産会社が自由に使用できないものであるところ、前払金が銀行の控訴人名義の口座に移管されたとしても、当該移管によって前払金の使用制限が解除されるわけではなく、本件特約四条により破産会社が当該工事を継続する場合には従前の手続に従って移管された前払金を当該工事の特定経費として使用することができることや出来高超過の場合には前払金残金の余剰額を破産会社に返還することをも定めていることを考慮すると、前払金の移管はなんら破産会社や破産債権者にとって不利となるものではない。

(四) 公共工事の前払金は、資金力の乏しい業者が公共工事をスムーズに行うために特に支払われるものであって税金を原資としているため、前記のとおりその使途や引き出しが厳しく制限され、当該工事に使用する以外に使用が不能であることから、前払金の支払いを受けた者が破産宣告を受けたからといって、前払金の使用が自由になるとは解釈できないこと、以上の理由により、法令によって前払金の使途監査の権利義務を有する控訴人が前払金の適正使用を期するために控訴人名義の預金に移管した行為は、いかなる意味でも破産法七二条二号に定める行為に該当しない。

すなわち、本件特約によって「控訴人が前払金残金とその利息(以下「前払金残金等」という。)を控訴人名義の預金に移管する行為」は、破産法七二条二号の「担保の供与」、「債務の消滅に関する行為」に当たらないことはいうまでもないし、「その他破産債権者を害する行為」にも当たらないことが明らかである。」

三  同一三頁六行目の次に行を変えて、次項を加える。

「2 控訴人は、移管を受けた前払金残金等の払い戻しを受け、これを破産会社に対する求償債権の弁済に充当したか。

(被控訴人の主張)

控訴人は、平成九年二月一九日に移管を受けた前払金残金等を払い戻し、これを破産会社に対する求償債権の弁済に充当したが、右弁済は、破産宣告後の弁済であるから、破産法五三条により、破産財団に対抗できない。

(控訴人の主張)

控訴人が、破産会社に対する求償債権の弁済に充当したことは否認する。控訴人は、本件特約四条二項二号に従って発注者の大阪市に返還したものである。

仮に、控訴人が大阪市に前払金残金等を返還した行為が求償債権に対する弁済であると評価されたとしても、破産法五三条は「破産者の破産宣告後の法律行為」について定めた規定であるから、破産者でない控訴人について適用されない。」

四  同一三頁七行目の順番号「2」を「3」と改め、同二〇頁七行目の次に行を変えて次項を加える。

「4 控訴人は、前払金残金等に商事留置権を有するか。

(控訴人の主張)

控訴人は、平成九年一月二八日に破産会社との本件特約に基づいて前払金残金等を控訴人名義の預金に移管したが、前払金残金等はなお破産財団に属している。ところで、大阪市が同年二月六日に破産会社との間の請負契約を解除したから、破産会社の大阪市に対する過払いの請負代金返還債務(前払金残金等の返還債務)の弁済期が到来し、同時に、破産会社は控訴人に対し、民法四六〇条による事前求償債務を負うに至った。そうすると、控訴人は、前払金残金等に対し、商法五二一条に基づく商事留置権を取得するから、破産法九三条一項により別除権を有することになる。

(被控訴人の主張)

前払金残金等が破産財団に属していることを否認し、その余の主張を争う。控訴人が、なにわ銀行の破産会社名義の口座から前払金残金等を現金で引き出して、これを住友銀行の控訴人名義の預金口座に移管した時点で、前払金残金等の所有権はなにわ銀行から破産会社へ、破産会社から控訴人へ、控訴人から住友銀行へと移転している。したがって、前払金残金等は、破産財団の所有から脱しているので、商事留置権が成立することはあり得ない。」

第三当裁判所の判断

当裁判所は、以下に説示するとおり、被控訴人の本件請求は理由がないと判断するから、同請求を認容した原判決は取り消しを免れない。

一  被控訴人は、当審において、本件移管行為は破産債権者を害する行為であって、破産法七二条二号に該当すると主張して、否認した。

しかし、本件移管行為は、控訴人と破産会社間に締結された本件特約に基づいて、所定の事由のひとつ(破産会社に対する破産申立て)が発生したので、前払金の適正使用を図るために前払金残金等の管理を控訴人に委託する目的で、前払金残金等の預金名義を破産会社から控訴人に移したものにすぎないから、移管行為それ自体は、破産法七二条二号の破産債権者を害する行為に該当しない。

したがって、この点において、被控訴人の否認の主張は理由がない。

二  被控訴人は、大阪市が破産会社との間の本件請負契約を解除したことにより、破産会社の大阪市に対する過払いの請負代金返還債務の弁済期が到来したところ、控訴人は前払金残金等の払い戻しを受け、破産会社に対する破産宣告後の平成九年二月一九日に破産会社に対する求償債権の弁済に充当したから、破産法五三条により破産債権者に対抗できないと主張する。

しかしながら、弁済充当の有無そのものがまず問題であるが、仮に右弁済充当がなされたとしても、右弁済充当は、被控訴人の主張によるも、破産会社ではなく、控訴人自らが、これをなしたというのであるから、破産法五三条の場合に該当しない。

よって、被控訴人の主張は、理由がない。

三  控訴人は、前払金残金等につき商事留置権を有するか

本件移管行為は、本件特約四条二項二号所定の事由が発生した場合に、同号所定の金員を大阪市に返還する義務を負う破産会社が、控訴人に対し前払金残金等の管理及び大阪市に対する右金員の返還事務を委託していたところ、本件特約三条一項所定の事由が発生したため、控訴人において大阪市に対する右金員返還事務を確実に処理するため、同項に基づきこれを行ったものであり、したがって移管後も、前払金残金等はなお破産会社に属していたといえるから、破産宣告後は破産財団に属するものである。

大阪市は、平成九年二月六日、破産会社との間の本件請負契約を解除したから、破産会社の大阪市に対する過払い請負代金の返還債務の弁済期が到来し、同時に、破産会社は、大阪市との間に前払金保証契約を締結している控訴人に対し、民法四六〇条による事前求償債務を負担したということができ、その結果、控訴人は、本件移管にかかる前払金残金等に対し、商法五二一条の商事留置権を有するに至ったことが認められる。よって、控訴人は、破産法九三条、九二条の別除権者となるから、被控訴人の前払金残金等の引渡請求を拒否できるといえる。

四  なお、本件特約は委任の性質を有しているから、破産会社の破産により、本件特約は終了したことになり、控訴人は、他に特段の事情がなければ、被控訴人に対し、受任者の受取物等引渡義務を負うことになる。しかし、本件においては、右三説示のとおり、控訴人は、破産宣告前に前払金残金等につき特別の先取特権である商事留置権を取得していたのであって、前払金残金等につき、別除権を行使しうる立場にあるから、被控訴人に対し前払金残金等の返還義務はないというべきである。

五  右の次第で、被控訴人の本件請求は理由がないから、これを認容した原判決を取り消して、本件請求を棄却することとし、民訴法六七条、六一条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 熊谷絢子 亀田廣美)

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